Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル・番外編

     “丑寅から来たりても”
 



そこが“自然”だからこそ、
その年その年で季節の巡りは早さも強さも微妙に異なるが、
それでもさすがにここまで暦が進めば、
山々の彩りが絶頂を極めるとともに、
それがようよう冴えるようにか、
空気も澄み渡り、風も鋭さを増すようで。
昔は何かにつけ、
人ならぬ存在の仕業というのも本気で信じられていたものだから、
北風が吹けば、災厄や疫病をばらまく悪い神も
それに乗ってやって来ると持ち出されていて。
風邪を引いたりしないよう、
滋養のあるものを食べ、温かくして、底冷えのする夜更けに出歩くなと、
自然のこととして言い聞かせた大おとなたちは、

 そうしないとどこやらの厄神に目をつけられるぞ、
 災厄はお前だけに降りかかるんじゃない、
 可愛い子供や優しいおっ母様にまで祟りが及ぶぞよ、と

そういうおまけをくっつけることで、
だから言う通りにしなさいよと、念を押してもいたようで。

 「そこまでをいちいち 一人一人へ満遍なく振りまくほど、
  そりゃあ勤勉な疫病神ってのも話がおかしいんだけどもな。」

大方、見逃してはもらえないぞ、だって神様なんだもん…としたいのだろうななんて、
自分で持ってきた結論へ、
そのまま ぷっと吹いてた神祇官補佐様。
大おとなが自負を見失ってどうするよと思ったか、
単なる脅しすかしだとして、多少なりとも信じてなきゃ通じなかろうと思ったか。
そういった想いの切っ掛けにもなったろう、
時折 鋭い爽籟の聞こえるほどの風の唸りが遠く近くに聞こえるここは、
随分とさびれた とある社までの参道の入り口。
角も丸くなり、コケに覆われて緑に染まった石段が連なる細道が、
うねうねと木立の奥へ通じており。
どれほどの長い間、誰も踏み込まなんだかを忍ばせる。
神職も氏子もいなくなってどれほどとなるものかという
古色蒼然としたお堂の周辺に、夜ごと怪しい光が見えると、
裏山に柴を狩りにと行き来している里の人から瀬那が聞いて来て。
蛭魔の地行とは微妙に違う場所ではあるのだが、
なんの、目と鼻の先でややこしいのが蠢いてるのを、
放っておくのも業腹なのでと。
こっちは 言い聞かせのための物の喩えだの、都市伝説や迷信だのじゃあない、
妙な言いようとなるが 実在事実としての邪妖を成敗するためにと、
身を乗り出した陰陽師様だという順番なのであり。

 “…そういうもんがたまに実在だって判ってるっての。
  いっそ明らかにしてやりてぇとこだがの。”

別に長老や爺様たちへの孝行のつもりはないし、
命がけで手掛けているよな結構つらいお仕事、
世間に内緒で請け負ってるのが理不尽だと思って 吐き出したくなったわけでもなくて。

 “その方が手っ取り早いからなぁ。”

例えば、人を苦しめた悪童が祟られるのは因果応報。
物陰に隠れている慎ましさを美徳とされる立場な女性、
それをいいことに弄んで踏みにじった悪たれ貴族が悪霊に取り憑かれても、
知ったことかと思ってしまうのが本心だし、人としての当たり前の感じ方じゃなかろうか。
実際のホントを明らかにした方が、一罰百戒、犯罪抑止に効果的かもしれないが、

 “そうなりゃなったで、俺らがますます忙しくなるかもしれんしな。”

本当の霊力や咒力を持つとして頼りにされるのも詰まらぬと、
そこが業腹だと苦笑するところが、こちらの術師様のひねくれ具合の最たるところということか。
そんなこんなを、苦笑半分腹の底にて転がしておれば、

 「おやかま様ぁ、」
 「おやかま様、あぶないない。」

 「おや。」

いつの間に追いついたか、留守番しておれと言い置いた小さな子ぎつねの坊やが二人とも、
たったか小刻みな駆けようで足元までを辿り着き。
そのまま蛭魔の痩躯を、風にたなびく袂や何や 掻き分け押しのけ駆け上がって来て。
小さな見かけ以上に羽毛みたいな軽い身、
畏れ多くも恐れなく、到達したお館様の肩へと乗っけると
お顔の左右から懸命に諭し始める。

 「あっちに こやいのいゆの。」
 「そう、こやいこやいの いゆのっ。」

 「なんてってんだ、これ。」

そうかそうかとにこにこしつつ、
坊やたちを追っかけて来たらしい書生くんへ、
振り向かぬままのお背(おせな)で訊くところはなかなかの段取りか。
怒ってるわけじゃない、ただ
空気を大事にしてやってる振りで そんなことを素の声で訊くあたりが、

 “絶妙な使い分けだなぁ。”

いやまあ、よく判らぬと大人げなくも振り飛ばさないだけ寛大かもと、
ようよう思い直しつつ、

 「そちらの方向に恐ろしいものの気配があるから行ってはダメだと。」
 「ほほお。」

大急ぎで二人のちびさんを抱え下ろし、
懐にぎゅうと抱え直した小さな書生くんにしても、
今宵の相手は随分と手ごわい妖異だというのは感じ取れているようで。
坊やたちの粗相とは別口の案じる気配、幼い額に重々しい曇りとして張り付けていて。
自分がついてゆくのは何の足しにもならぬからか、
蛭魔からやはり留守番組に割り振られたのに、
この二人を追いかけさせたの反省しているものと、

 “そういうことにしとこうか。”

鋭角なお顔は背後からでは頬の線しか覗けぬが、
それがかすかに苦笑で震えてから、

 「くうもこおも、小兄ィと一緒に帰りな。
  おっかないのは俺がきっちり畳んでやるから。」

ふふんと、いつもの自信満々というお顔で振り返ってくれたお館様。
余程に格の大きいのが現れたというよりも、

 『ちびたちの感応力が上がったのと、防衛本能ってのがやはり成長したんだろうな。』

怖いものには近づかない方がいいに決まってる。
それをてきぱきと判断できるようになったればこそ、
家族で気に入りの蛭魔へも、逃げた方がいいと進言しに来たのであり。

 『おっかなさで破格な存在に囲まれているから、
  そこいらの物差しが鈍ってねぇかと思ってたんだが。』

育てば彼ら自身も結構な咒力を発揮しそうな素質はあるが、
今はまだ非力でノーコンな未熟な子供。
何の用意もないまま、それは危険なところへ飛び出したらば
ピンと来なさすぎて逃げ遅れないかと、
強いて言うならそこを時々案じていたが、

 “ちゃんと断じることが出来るようだの。”

よ〜しよしよしとこんなところで妙なことへ安堵してから、
狩衣の懐に手を入れると、咒符の束を掴みだす。
傍らの熊笹の茂みがざわりと揺れたのへ、

 「行くぞ。」

声を掛ければ、長身がむくりと姿を現し、
黒の侍従殿が先鋒に立って
精霊刀を夜陰に突き立て道を切り開いてゆく模様。
落ち着けぬ心持ちを尚のこと騒がす爽籟の中、
せめて背中が見えなくなるまでを見送ってから、
いつの間にか姿を現した武神様に庇われながら、
言いつけ守って屋敷へ戻ることにした瀬那だった。




     〜Fine〜  15.11.19


 *こうも暖かい日が続くと、
  平年並みになったらがくんと冷え込みを感じますね。
  足元が寒くてたまりません。
  くうちゃんこおちゃんを襟元に抱えて温まりたいです。

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